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名古屋地方裁判所 平成6年(わ)421号 判決

被告人

法人の名称

株式会社 トヨタツ

本店の所在地

愛知県海部郡甚目寺町大字森字流二〇番地

代表者の氏名

代表取締役 豊田辰夫

被告人

氏名

豊田辰夫

年齢

昭和一九年五月八日生

本籍

愛知県海部郡甚目寺町大字新居屋字新居屋郷三四番地の二

住居

同町大字新居屋字善左屋敷二九番地

職業

会社役員

検察官

濵隆二

弁護人

尾関闘士雄

主文

被告人株式会社トヨタツを罰金一八〇〇万円に、被告人豊田辰夫を懲役一年に処する。

被告人豊田辰夫に対し、この裁判確定の日から三年間、刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人株式会社トヨタツ及び被告人豊田辰夫に連帯して負担させる。

理由

(犯罪事実)

被告人株式会社トヨタツ(平成二年二月二五日までは有限会社豊田熔接所)(以下「被告人会社」ということがある。)は、愛知県海部郡甚目寺町大字森字流二〇番地(平成二年二月二七日までは同町大字新居屋字新居屋郷八九番地の二)に本店を置き、配管工事等を営む資本金五〇〇万円(平成二年四月一五日までは二〇〇万円)の会社であり、被告人豊田辰夫(以下「被告人豊田」ということがある。)は、被告人会社の代表取締役として、同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人豊田は、被告人会社の右業務に関し、法人税を免れようと企て、水増し外注費、架空人件費を計上するなどの方法により、所得の一部を秘匿した上、以下のとおり法人税額の一部を免れた。

第一  被告人豊田は、昭和六三年一二月一日から平成元年一一月三〇日までの事業年度における被告人会社の実際の所得金額が、四二六四万一一九七円であったにもかかわらず、平成二年一月三〇日、同県津島市良王町二丁目三一番地の一所在の所轄津島税務署において、同税務署長に対し、所得金額が五六六万一八九四円で、これに対する法人税額が一六三万三八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま納期限を経過させ、もって、不正の行為により、被告人会社の右事業年度における正規の法人税額一六八八万四八〇〇円と右申告税額との差額一五二五万一〇〇〇円を免れた。

第二  被告人豊田は、平成元年一二月一日から平成二年一一月三〇日までの事業年度における被告人会社の実際の所得金額が、七一三二万三七七七円であったにもかかわらず、平成三年一月三一日、前記津島税務署において、同税務署長に対し、所得金額が七二〇万四九一円で、これに対する法人税額が二〇〇万一九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま納期限を経過させ、もって、不正の行為により、被告人会社の右事業年度における正規の法人税額二七五六万三一〇〇円と右申告税額との差額二五五六万一二〇〇円を免れた。

第三  被告人豊田は、平成二年一二月一日から平成三年一一月三〇日までの事業年度における被告人会社の実際の所得金額が、四七一四万五二五四円であったにもかかわらず、平成四年一月三一日、前記津島税務署において、同税務署長に対し、所得金額が七二五万八〇二六円で、これに対する法人税額が一七九万六七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま納期限を経過させ、もって、不正の行為により被告人会社の右事業年度における正規の法人税額一六六八万三八〇〇円と右申告税額との差額一四八八万七一〇〇円を免れた。

(証拠)

括弧内の番号は証拠等関係カードの検察官請求番号を示す。

全部の事実について

1  被告人の検察官調書(乙2)、大蔵事務官質問てん末書(乙5、7ないし13、22)、上申書(乙6)

2  渡邉晃明の

(1)  公判供述

(2)  検察官調書抄本(甲48)

3  磯村昇の公判供述

4  豊田照美の検察官調書(甲1)

5  山田晴子の大蔵事務官質問てん末書(甲2)

6  査察官調査書(甲8)

7  証明書(甲62、63)

8  登記簿謄本(甲26)

9  売上帳一冊(平成六年押第二七四号の一一)、受取手形帳一冊(同号の二九)

第一の事実について

10  証明書(甲16)

11  「請求書」と題されたファイル一冊(平成六年押第二七四号の一)、総勘定元帳一綴(同号の八)、振替伝票綴二綴(同号の二〇、二一)、決算報告書綴一綴(同号の二六)

第二の事実について

12  北村薫の公判供述

13  証明書(甲17)

14  「請求書」と題されたファイル一冊(平成六年押第二七四号の二)、総勘定元帳一綴(同号の九)、振替伝票綴二綴(同号の二二、二三)、決算報告書綴一綴(同号の二七)

第三の事実について

15  北村薫の公判供述

16  証明書(甲18)

17  「外注請求書」と題されたファイル一冊(平成六年押第二七四号の三)、総勘定元帳一綴(同号の一〇)、「外注請求書」と題されたファイル(同号の一五)、振替伝票綴二綴(同号の二四、二五)、決算報告書綴一綴(同号の二八)

(争点に対する判断)

一  検察官は、法人税ほ脱の方法として、水増し外注費の計上、架空人件費の計上及び会社の寮費収入の除外を挙げている。これに対して、弁護人は、架空人件費の計上については認めるものの、他の項目については、その所得額、脱税額については争っている。

二  水増し外注費の計上について

1(一)  検察官は、次のとおり、主張する。

すなわち、「明豊設備企画こと渡邉晃明(以下「渡邉」という。)についての水増し外注費の金額は、外注先である渡邉より被告人会社へ送られた請求書の金額から、実際に渡邉が被告人会社から請け負った工事代金を控除して特定されており、実際に渡邉が被告人会社から請け負った工事及びその金額は、「工事額一覧表」と題する書面(証拠等関係カードの検察官請求番号甲48号証(以下「甲48」のようにいうことがある。)末尾添付)及び被告人豊田辰夫(以下「被告人豊田」ということがある。)作成の上申書(乙6)により特定されている。

また、北村工業こと北村薫(以下「北村」という。)についての水増し外注費の金額は、北村から被告人会社に提出された請求書から、北村が実際に工事をした代金を控除することにより特定されており、北村が実際に被告人会社から請け負った工事代金は、北村の売上帳(平成六年押第二七四号の一一)の記載により特定されている。」というのである。

これに対して、弁護人は、右「工事額一覧表」や北村の売上帳の信用性を争っている。

(二)  まず、渡邉の公判供述等によれば、右「工事額一覧表」と題する書面は、渡邉が、平成四年九月一一日、名古屋国税局において、被告人会社に対して提出した請求書を見ながら、実際に行った工事と架空のものとを自分の記憶に基づいて区別し、実際に行った工事とその金額だけを一覧表にまとめたものであるが、渡邉自身が実際に工事を行ったか否かは、記憶に残りやすい事項であるところ、渡邉の公判供述を詳細に検討しても、その点の記憶の正確性について、とくに疑問をいだかせるような点は見当たらない。また、被告人豊田作成の上申書は、被告人会社の経営者として実際に仕事を指揮していた被告人豊田自身が、渡邉から被告人会社に提出された請求書の中の架空外注費の分を区別したものであって、渡邉と被告人豊田とは別個に右区別を行ったものであることが明らかであるところ、その結果は相互にほぼ一致している。これらの事情に照らすと、右「工事額一覧表」は十分信用に値すると言うべきであり、これに挙げたもの以外が架空のものであると認められる。(なお、渡邉の公判供述には勘違いをしている点もあるが、その点を考慮しても、右の信用性が大きく損なわれるものではない。)。

したがって、右「工事額一覧表」と被告人豊田作成の上申書を含む前掲各証拠によれば、渡邉についての水増し外注費の金額は、平成元年一一月期については六一三三万九八〇六円、平成二年一一月期については一億九二〇万三八八四円、平成三年一一月期については九八二一万四五六四円であったことが優に認められる。

(三)  次に、北村の公判供述等によれば、右売上帳は北村の妻が作成したものであるところ、その記載をみると、工事期間、取引先とともに、正規の請求金額等が月単位で継続的に記載されていることが明らかなうえ、この売上帳は外部の者が見ることを前提として作成されたものではなく、したがって、意図的に虚偽の記載をするような必要も全くなかったというのである。このような記載内容や作成状況に照らすと、右「売上帳」の記載は、十分信用することができる。

したがって、右売上帳を含む前掲各証拠によれば、北村についての水増し外注費の金額は、平成元年一一月期については一〇二五万三〇五八円、平成二年一一月期については四九六五万二四一七円、平成三年一一月期については八六七万七五五四円であったことが優に認められる。

2  次に、弁護人は、三友商事株式会社(以下「三友商事」という。)に対する工事収入高には架空工事による収入高が含まれているから、これを工事収入高から控除したうえで、水増し外注費等の架空費用を工事原価から減額し、その後、右水増し分について差益があれば雑収入を加算すべきであると主張する。

ところで、前掲関係証拠によると、被告人豊田は、被告人会社の元請会社である三友商事の営業部長であった磯村昇(以下「磯村」という。)に頼まれて、三友商事が被告人会社に実際にかかった金額の工事代金額以上に上乗せして請求する代わりに、その上乗せ額の五五パーセントを磯村に渡していたことが認められる。しかし、右のような「上乗せ分」が含まれたにせよ、被告人会社は実際に工事を行い、それによって工事収入を得ていたのであるから、「上乗せ分」を工事収入高から除外すべき合理的理由はない。弁護人の主張は採用することができない。

3  なお、被告人会社は、渡邉及び北村に対して、外注費の水増し分の一割を謝礼として支払っているところ、弁護人は、右のような支払いは、損金に当たるものであると主張する。

前掲関係証拠によれば、右のとおり、被告人会社が渡邉及び北村に対して外注費の水増し分の一割を謝礼として支払っていたことが認められる。

しかし、内国法人の損金の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(以下「公正処理基準」という。)に従って計算されなければならないところ(法人税法二二条四項)、右謝礼の支払いは、このような外注費の水増し計上という不正な会計処理に協力したことに対する対価として支出されたものであって、これは公正処理基準に反する処理により法人税を免れるための費用に他ならないことが明らかである。法人税の課税標準である所得金額を計算するにあたって、所得を秘匿することに協力した者に対する謝礼を計算上損金に計上することは許されないというべきである。弁護人のこの主張も採用できない。

三  寮費収入の除外について

弁護人は、検察官主張の寮費収入の除外額の中には被告人会社の収入でないものがあると主張する。すなわち、右寮費は被告人会社所有の社宅の家賃及びその社宅周辺の土地の駐車場の賃料であるが、その駐車場の土地は被告人豊田個人が所有するものであり、右除外額の一部は被告人豊田個人の所得となるというのである。

しかし、寮費は被告人会社が入寮者との間で賃貸借契約を締結することによって得られるものであり、被告人豊田個人が賃貸借の目的物の一部を所有しているものとしても、直ちに賃料の一部が被告人豊田個人の収入となるわけではない。

したがって、賃料収入は全額被告人会社の収入となるというべきである。

弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

一  被告人株式会社トヨタツ

罰条 各事業年度ごとにそれぞれ法人税法一五九条一項(情状により同条二項を適用)、一六四条一項

併合罪の処理 平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による 改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)四五条前段、四八条二項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

二  被告人豊田辰夫

罰条 各事業年度ごとにそれぞれ法人税法一五九条一項

刑種の選択 懲役刑

併合罪の処理 改正前の刑法四五条前段、四七条一項本文、一〇条(最も犯情の重い第二の罪の刑に加重)

刑の執行猶予 改正前の刑法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(量刑事情)

本件の脱税額は合計五五〇〇万円余りと多額であり、しかもほ脱率は平均して九〇パーセントを超える高率であり、悪質である。

そのほ脱の手口の大部分は、水増し外注費の計上によるものであるが、水増し外注費の計上にあたっては、被告人豊田が外注先である第三者に謝礼を支払う条件で水増し請求させることを承諾させて脱税に協力させ、第三者から水増し分の一〇パーセントを差し引いた金額をバックさせ、この金額から磯村に支払う裏金を除いた分を、個人の遊興費、簿外交際費、株式および不動産の取得等に費消、あるいは定期預金として保管しており、その態様は巧妙かつ計画的で悪質である。

また、本件の動機は、被告人豊田が、被告人会社の有力な元請会社である三友商事の営業部長であった磯村に頼まれ、三友商事が被告人会社に実際にかかった金額以上に上乗せして工事代金を請求する代わりに、その上乗せ額の一部を裏金として磯村に渡すようになり、そのままでは被告人会社の利益が過大になることや、裏金を蓄えて被告人会社を大きくしたいと思ったことなどから、水増し外注費の計上、架空人件費の計上、会社の寮費収入の除外といった方法で脱税に及んだというもので、身勝手極まりないもので、動機に酌むべき事情は認められない。

被告人豊田は公判廷では内容の不明瞭な弁解に終始していたことなどにかんがみると、犯行後の情状も芳しくない。

他方、修正申告により本税それ自体は完納されていること、重加算税、延滞税は未納であるものの、分割返済していること、本件脱税の主たる契機は、前記のとおり、磯村から裏金作りに協力するよう依頼されたことであり、被告人豊田としては、有力な元請会社の営業部長からの依頼として断りにくかったこと、被告人会社には前科がなく、被告人豊田には業務上過失傷害等の罰金前科一犯のほか前科がないことなどの酌むべき事情もある。

そこで、これらの事情を総合的に考慮して、被告人会社を罰金一八〇〇万円に、被告人豊田を懲役一年に処するが、被告人豊田に対し、刑の執行を三年間猶予することとした。

(求刑 被告人株式会社トヨタツにつき罰金一八〇〇万円、被告人豊田辰夫につき懲役一年)

(裁判長裁判官 川原誠 裁判官 久保豊 裁判官地引広は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 川原誠)

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